![]() 12月5日 日曜日 本当に? Part2 |
去年、「本当に?」というタイトルをつけて日記を書いた。
それからすでにもう一年以上。
本当はこのPart2をもっと早く書きたかった。
もっと早く書けるはずだった。
そして時は経ち、「ま、もういっか、やめよー。」
という言葉が頭の中を駆け抜け、まるでなかったことのように日は過ぎていった。
が!
ある熱烈な読者から「本当に?の続きを聞かせてもらいたい。」
とラブコールがあった。
「そのうち書くね」
などとごまかしてはや半年以上。
これでは読者を失う一方である。
ここらあたりで腹をくくるしかない。
・・・・・・・・。
自分でもどこから書き始めていいのかわからないほど忘れてしまっている。
もう一度去年の日記を読む必要があるようだ。
まだ読んでない方はこちらから。
・・・・・・・・。
はじめの「彼女」のことであるが、彼女の書類関係は思ったよりもスピーディーに運んだらしい。
フランスにおいては珍しいことである。
そして、パリ近郊でマルシェ・ドゥ・ノエル(クリスマス市)をするから、そのために私の作品がいくらか欲しいという。
私自身の税金を払うかどうかの手続きをするか、というのは、彼女がいろいろなクリエーターを通して、こんなことを言ってきた。
「アクセサリーなど作って売る、というのはお金の面ではなかなか数字を出すのは難しいのよね。
まず、材料費がかかるでしょ、それから、作っていく時間も。
この時間を考慮に入れたら、もちろん値段というのは上がるものなのだけれど、そんなにあげていたらなかなか売れない。
そして、そのわずかな売り上げを一つ一つ申請してして、税金を払うと、もともと微々たる売り上げなので、自分の売り上げよりももっと払わなければならない羽目になったって人を知っているの。
今、その彼女は申請をやめて、売ってるわ。
だからあなたも、軌道に乗るまでは申請しなくてもいいんじゃないかしら?
手続きだって、かなりの時間を要するしね。」
というのである。
だんなに言わせれば、「俺がちゃんと働いてるし、どうせお前がそれでちょっと稼いだとしても、税金の対象にはならんやろうな。」である。
じゃ、面倒くさいこと抜き!
はい、好きなの売りますよ、買ってね。
というと、彼女は実に6人のクリエーターからアクセサリーを買う、というのである。
かなり迷って、注文を出してきた。
ある友達は、「そんなのあなたが売ってしまったら、後は彼女の好きなようにするわけだから、全額きっちりもらっときなさいね。」という。
でも、買ってくれる彼女は、6人から一気に買うし、もともとあまり金もないから、できれば、商品の半額だけ支払うのでいいか、残りは売れたときに払うから、という。
私は別にこれでもよかった。
でも、友達が何故かうるさく「全額もらっときなさいよー。」と言う。
だまされたことでもあるのだろうか。
悩んだ末、結局、売るのは私なんだから、好きなようにしよう、と思い。
半額でOK。と言った。
その彼女は大喜び。
実は、今まで作っていたチョーカーなんかの長さが、日本人の標準にあわせていたので、それについても彼女に尋ねていた。
でも、彼女はいまいちわかってないようで、なかなか返事をよこさない。
何度も聞いた挙句、「そんなものはあまり関係ない」ようなことを言って来た。
「日本人標準」と言うのは、いろんなアクセサリーの本から「出来上がり何センチ」と書いてるのを参考にしている。
その何センチ、を彼女に連絡していた。
私には大切なことのように思えたからだ。
初めて物を売るので私も緊張する。
彼女からはとっとと、半額の小切手が送られてきた。
私も早速品物を送る。
でも、返事がない。
「気に入らなかったんだろうか?」
などとかなり心配になる。
彼女はわたしのHPでそれらを見ているが、実物を見るのは初めてだ。
ある働いてる友達に言うと、「会社でも、どこかに納品って時、何も問題なければ、向こうは何も言ってこないわよ。問題のあるときだけ、返事が来るものよ。心配しなくていいんじゃない?」
彼女がマルシェ・ドゥ・ノエルを開く場所日時を聞き、たまたまうち一家もその間Paris近郊の友達の家に行くことになっていた。
だんなの居合道のセミナーがあったのだと思う。
そのパリ近郊の友達に話をすると、そのマルシェがあるところはそこから結構近い、と言う。
私の友達も、クリスマスが大好き、車で20分くらいでいける、という。
それならば行ってみよう!
行った。
そんなに大きなマルシェではなかったが、彼女を探すに一回りしなければならなかった。
マルシェは屋外に、木でできた屋根付きスタンド(屋台)が並んでいる。
このスタンドは業者がするんだと思う。
アクセサリーの店は2つあった。
その中に私の作ったものが在るかどうかだ。
彼女の顔は見たことがない。
見つけた。
声をかけた。
きんちょーした。
彼女自身、あまりアクセサリーをつけない、とは言っていたが、服装もあまりアクセサリーを売ってる、と言う感じではなかった。
私のアクセサリーのいくつかは売れたという。
それでも、彼女が前日のを片付けた時、もつれてしまったのがあって、それはそのままにして、店に出してなかった。
もつれをとる、と言うのはなれていないとかなり面倒くさいものなのだ。
「私がやろうか?」
と言ってみたが、「いいのよ、人が来るのを待ちながら気長にするわ。」
と返事が返ってきた。
彼女はきっともつれをとらなかっただろう。
何故かそんな確信があった。
彼女は、スタンドの中でもただ座っていて、存在があまり強調されないほうだった。
「売るきあるんか!」
と喝を入れたくなったほどだ。
前日にひとつ、指輪を盗まれた、といっていた。
それですっかりやる気がなくなってしまったのだろうか。。。
挨拶をして、ちょっと話をして我々はその場を離れた。
そして、2004年3月、我々がドイツに引っ越す前、彼女から、
「あなたの作品はかなり短めなので、人が欲しがってもなかなか合う人がいないの。だから払ってない分はお返しするわ。」
と言って、3日後に「払ってない分」が郵送されてきた。
だから、長さはいいか、と聞いたのに。
彼女とはもちろんそれ以来である。
そして、忙しい近所のおばちゃん。
彼女のうちには90歳くらいのおばあちゃんがいた。
私はそのおばあちゃんを彼女の家の中以外で見たことがない。
自分で動くようなことはなかったようだ。
そのおばあちゃんの世話、刺繍教室、そういえば、彼女のだんなさんが一人で出かけるのも見たことがない。
車で出かけたりしているが、運転をするのはいつも彼女のほうだ。
おばちゃん、と一言で言ってるが、彼女は65歳から70歳くらいだとにらんでいた。
そんなある冬の日、おばあちゃんが亡くなった。
葬式を済ませ、すべてが終わり、彼女には自分の時間がかなりできた、と言う。
そしてある日、「あなたのアクセサリーを見に行ってもいいかしら?」と言った。
もちろん、もちろん。
彼女は一つ一つ手に取り、5つ、注文してくれた。
やっぱりもともとの長さでは合わないのだ。
おばちゃんのサイズに合わせて、私は作った。
とても嬉しかった。
エールフランスでの展示会なのかなんなのか、とりあえず主催者に連絡を取れ、と言うので、友達に手伝ってもらって、手紙を書いた。
と言うのはうそで、友達が作ってくれた手紙を印刷して、サインをしただけのものを郵送した。
待てども待てども返事がない。
そのだんながエールフランスに勤めているのがだ、彼も忙しく、それをころではなくなり、結局返事なしのままだった。
エアバスで、と言うのも、そこで働いてる友達は家庭にいろいろ事情があり、かなり忙しい生活を送っていたので、私のことなんて、あっているとき以外は考えられなかったのだろう。
それでも、うちに結構よってくれたのだが。
エアバスの話はもともとなかったと言っても過言ではない。
その後、私のHPを見つけて何人かのフランス人がコンタクトを取ってくれた。
一人一人、私は丁寧に答えたつもりだ。
そういえば、私はいろんなものを作る。
アクセサリー作りは、周りが好きだから作っていたようなもので、自分のためではなかった。
第一、いろんなものをHPに載せているにもかかわらず、コンタクトを取ってきたフランス人はすべて、言葉どおりすべて、アクセサリーのことについてしか語らなかった。
テディベアなどは子供だましに過ぎないかのごとく。。。
そんなこんなで、思い出せることはすべてここに記せただろうか。
ドイツに来て、遊びに来てくれたドイツ人の友達一家や、知り合い、友達などは、テディが描かれているペインティングや、テディベアそのものに興味を示した。
アクセサリーももちろんだが、それよりも、だ。
ここでまたお国柄が表れているような気がする。
土地のつながった隣の国なのに。
これからもまだまだいろんな文化の違いを知ることができそうだ。
次に、ビーズをさわるのはいつになるだろう。。。。
さ、まだ龍ちゃんが昼寝してるので、テディベアの続きにとりかかるとする、か。
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